【生物】遺伝性疾患「鎌状赤血球貧血」とその遺伝子治療

2023年11月10日医学,授業の先の研究を知る,生物学,生物学(共通テスト),学問の一覧

鎌状赤血球貧血症
貧血を引き起こす有名な遺伝性疾患の一つです。
高校生物では、遺伝子の変異によって起こる病気として出題されます。

今回はその「鎌状赤血球貧血」、更には近年注目の遺伝子治療についてです。

鎌状赤血球貧血症

通常、中央が凹んだ円盤状の形である赤血球。
しかし、この鎌状赤血球貧血症では、患者の赤血球は右の写真のように、鎌状になります。
この結果として、赤血球の酸素運搬能力が低下し、患者は重い貧血症となります。

鎌状赤血球貧血

原因

赤血球の酸素運搬能力を司るのは、ヘモグロビンです。

ヘモグロビン
・赤血球に含まれるタンパク質
・酸素濃度が高く、二酸化炭素濃度が低い場所で酸素と結合
・酸素と結合すると酸素ヘモグロビン(HbO2)になる
・酸素ヘモグロビンは、酸素濃度が低く、二酸化炭素濃度が高い場所で酸素を離す

問題となるのは、このヘモグロビンのβ鎖。
その末端から6番目のアミノ酸は通常、グルタミン酸です。

DNAの塩基配列では、CTC
mRNAのコドンで言うと、GAGとなります。

しかし、鎌状赤血球貧血症の患者では、このDNAの塩基配列がCAC
TがAに置換してしまっており、
mRNAのコドンは、GUG

指定されるアミノ酸は、グルタミン酸ではなく、バリンとなってしまいます。

これが、鎌状赤血球貧血症の原因です。

鎌状赤血球貧血症の自然選択的意義

鎌状赤血球貧血症は重度の貧血症を引き起こします。
言い換えれば、生存に不利な形質であり変異。

自然選択説に従えば、この形質は淘汰されていくはずです。

しかし、アフリカなどの一部地域ではこの鎌状赤血球遺伝子を持つ人が多く見られます。

これはなぜなのか。

その仮説の一つに、鎌状赤血球はある場合において生存に有利に働くというものがあります。
それは、マラリアの流行地域。

マラリア
・マラリア原虫による感染症
・ハマダラカが媒介する
・マラリア原虫は赤血球に寄生
・ある程度まで成長すると、赤血球を破壊し血中に出て、また他の赤血球に寄生する
・感染した赤血球は毛細血管壁にくっつき血流を阻害、多臓器不全などの原因に
・2021年には、619,000人がマラリアで死亡したと推定(厚労省検疫所)

しかし、鎌状赤血球遺伝子保持者は、このマラリアを発症しにくい(マラリア原虫が感染しにくい)のです。

このため、鎌状赤血球遺伝子が自然選択されているのではないかと考えられています。

鎌状赤血球貧血症の治療

とはいえ、重度の貧血症を引き起こす鎌状赤血球貧血症が生存に不利なことは事実です。
患者にとってみれば、治すべき病気です。

しかし、遺伝子疾患ということもあって、輸血などの対症療法などしか有効な治療法は存在しませんでした。
造血幹細胞移植をすれば根治も見えてくるでしょうが、こちらは適合ドナーが見つかるかどうかわからない。

しかし、近年話題の遺伝子治療によって、治療の可能性が見えてきました。

方法は至って単純です。
原因となっている患者の塩基配列CACCTCに変える。

そのために使われるのが、レンチウイルスベクターです。

レンチウイルス
・レトロウイルス科の一属
・HIVもこの属に含まれる
・宿主細胞のDNAに自身の相補的DNA(cDNA)を組み込むことができる

このレンチウイルスを運び屋(ベクター)として用いることで、遺伝子治療を行うというもの。

最近話題となった、日本で一番高価な薬「ゾルゲンスマ」。
1億6000万円。
こちらも同様の原理です。

違う点があるとすれば、その方法。
ゾルゲンスマは注射ですが、
鎌状赤血球貧血症では、患者から取り出した造血幹細胞にベクターを使って遺伝子導入を行い、造血幹細胞を培養した後、再度患者に戻すという方法も研究されています。

この鎌状赤血球貧血症の治療において課題となるのは、
・造血幹細胞に高確率で遺伝子導入をすることができるベクターの開発
・そのベクターの効率的な培養条件
・遺伝子導入細胞を効率よく移植するための方法
など。

そして、2020年代に入ってから既に臨床試験の段階にまで治療の研究は進んでいます。
アメリカのBluebird Bioの臨床試験では、遺伝子治療を受けた35名の患者全員で正常な赤血球が作られることを確認したそうです(引用)。

鎌状赤血球貧血症の根治が可能となる日は、もしかしたらもうすぐそこまで迫っているのかもしれません。

日本でも、研究が進められています。

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自称システムエンジニアのくせに、農学系の地方国立大に通うおかしな生き物。 ひつぎ教育研究所社長。